ヨハン早稲田キリスト教会(イエス様愛してます)

神様なんか関係ない、世の中で頼れるのは自分だけだ、と言っていた私がクリスチャンになり、
イエス様の素晴らしさをお伝えしたく、このブログを開設致しました。

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「イエス様愛してます」は、今お休みしています。沢山の方からご心配の問い合わせを頂きまして感謝致します。次回は12月から再開いたしますので引き続き宜しくお願いいたします。 
お休み | 16:04 | author racer-n-tone | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |

私が通っている、東中野にあるヨハン早稲田キリスト教会では、 過日数千人の規模で修養会が行われました。東京近県の自然豊かな場所でキャンプをしながらの4日間の修養会でした。聖会、聖餐式、セミナー、証、森の音楽祭、と盛り沢山の内容でした。今年のテーマは「我々の弱さ、主の力」です。

         

私たちは弱い者です。どんなに立派な人でも権力者であっても、神様の前に立てばただの人です。私たちは謙遜にその事実を認め、主なる神様を信じ依り頼むことによって、主なる神様は私たちを強めてくださるのです。
今回の修養会開催の前日に、恐らく牧師先生以外、誰もが今回の開催は諦めざるを得ないと思うようなアクシデントが起きました。しかし主を信じ、前日の未明、近県から次々と駆けつけた信徒達が総力を上げ働いた結果、見事そのアクシデントを取り除く事ができ、予定通りに修養会を開催をする事ができました。多くの方々は、まるで何も無かったかのように開会礼拝を捧げる事が出来ました。

          

この事から私たちは、人間的に考えて、不可能だと思う事でも、主に依り頼み、決して諦めてはならないと言う事。そしてそれを乗り越える為の知恵と忍耐力、また、一人ひとりは弱くても、信徒が互いに力を合わせ団結すれば強い力となると言う事を悟る恵が有りました。開会前日に主は、アクシデントを通して私たちにタイトル通りの「私たちが弱い時こそ主は強めてくださる」と言う事を体験させてくださった恵み溢れる修養会でした。全ての栄光を主に帰します。アーメン!
修養会 | 12:15 | author racer-n-tone | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |

今週は私が毎週通っている、東中野にあるヨハン早稲田キリスト教会の、第一男子宣教会の兄弟の誕生日会を大久保駅近くの中華料理店で行いました。

        

        

交わりの合間合間に、店の中国人のスタッフと片言の中国語を楽しみながらの食事でした。誕生日を迎えた兄弟も少し中国語が出来るので、喜んで下さいました。 
私は昔(教会に導かれる前)聖書は仏教で言うお経のようなものが書かれているのだと思い込み、敬遠していました。ところが、社員教育の材料を探していた事がきっかけで教会に導かれ、聖書を初めて読んで私はカルチャーショックを受けました。なんとその中身はお経でも、倫理書でも、物語でもなく、主なる神様の、私たちに送られたラブレター、御言葉だったのです。

             

外国語も少しだけでも分かると楽しくて覚えた単語を使いたくなります。そしてその単語が通じれば更に嬉しくて、もっと覚えたくなります。聖書も、最初読んで理解できないような事が書かれていても、聖霊様の助けによって理解できるようになれば楽しくて、更にその御言葉を日常の中で実践し、結果が出た時は嬉しくて、もっともっと読みたくなります。

          

木曜日に、怪我をして寝込んでいる兄弟を励ますため、訪問し、聖書の御言葉を分かち合いました。4回目の怪我により、落ち込んでいたこの兄弟は、御言葉の分かち合いによって勇気付けられ、元気が出、感謝でした。矢張り人を変え、勇気付け、正しい方向に導くのは御言葉しかないと言う確信を得る恵が有りました。
これからも、主なる神様からのラブレターである御言葉を、宣べ伝えて行く働きに用いられたいと言う決心が与えられた一週間でした。アーメン!
訪問 | 13:32 | author racer-n-tone | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |

私が毎週主日(日曜日)に通っている東中野のヨハン早稲田キリスト教会で、いま旧約聖書のヨブ記を学んでいます。
東の国一番の資産家ヨブについての事実が記録されています。敬虔で神を畏れ、信仰心の篤いヨブが、全財産と、12人の最愛の子供達を一瞬にしてなくしたにも拘らずヨブは、神を呪うどころか次のように言ったのです。
[わたしは裸で母の胎を出た。裸でそこに帰ろう。主は与え主は奪う。主の御名はほめたたえられよ。」
このような状況の中で主を褒め称えられるヨブの信仰の基本は、全ての主権者は父なる神様であられるという事に他なりません。

          

しかし災いの大波は、まだまだヨブに押し寄せます。
ヨブは重い皮膚病(らい病)にかかり、一番身近にいる良き理解者である筈の妻からも、「神様を呪って死ね」とまで言われます。それでもヨブは「わたし達は神から幸福をいただいたのだから、不幸もいただこうではないか」と言い、その信仰は揺れません。

       

さらに3人の友人がヨブを励ますために見舞いに来たのですが、ヨブの有様を見て、ヨブが罪を犯したから神様に裁かれたに他ならないと、世の原理原則である因果の法則を持ってヨブを裁き攻め立てるのです。
しかしヨブは「私は知っている。わたしを贖う方は生きておられ、ついには塵の上に立たれるであろう。この皮膚が損なわれようとも、この身をもってわたしは神を仰ぎ見るであろう。」と言うのです。

         王冠

わたし達はこのような状況に陥ったら、「こんなに信じてるのに。どうしてこんな目に遭わなければならないのか!」と神を呪い信仰が揺れるのではないでしょうか?それは主権者が神様ではなく、まだ自分にあるからではないでしょうか。
「こんなに信じてるのにではなく、信じてあげてるのに」の信仰ではないでしょうか?「恵によって信じる事が出来ている」と考えるのは、主権が神様であり、「信じているのに」と考えるんのは主権が自分なのです。

          

神様の試練に耐え忍んだヨブは、神様から、全ての資産、子供が以前に比べ倍になるという祝福を頂きました。ヨブ記を通して、世の全ての主権者は父なる神様ただお1人であるという信仰が、試練や災いを乗り越え、神様に祝福される秘訣で有るという事を悟る恵が有りました。アーメン!
ヨブ記 | 15:05 | author racer-n-tone | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |


私の通っている東中野にあるヨハン早稲田キリスト教会のある兄弟の証です。長文ですので、3回に分けようと思いましたが、あまりにも恵まれましたので一度に全てを書き込みます。 


私は生まれながらにして片方の眼は見えません。この事で、小学生の時にいじめに会いました。次第に、自分の価値を感じられなくなり、 
一度だけ、母に「なぜ僕をこんな眼で産んだの」と攻めたことがあります。その時初めて母の苦しみと悲しみが感じ取れ二度とこの話題には触れてはいけないと子供心ながら受け止めました。

あとで知ったのですが、母が私を身ごもった時、事情があり、葛藤の末、流産するしか術はないと病院で流産処置の治療を始めたとの事でした。しかし、どなたかから「この子は産みなさい、必要の無い子なら天に召されます」と言われ、流産を思いとどまったと言う事でした。私の片眼が見えないのは、おそらく流産処置した事が原因だと思います。

      NO! 
    
母は自分の罪の苦しさと家族の幸せの為にある宗教に夢中になり収入の大半を捧げ、最後には全財産を捧げ他界しました。
そんな母を見て育った私は、宗教に疑いを持ち、何にも頼らず自分の力で生きて行く決心をしました。
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歳の時、長年勤務した中堅商社が倒産した事を切っ掛けに「日本を出て、海外で新しい人生を一から始めたら、何か変われるのでは?」そうした未知の世界での期待と憧れが、私を動かしました。そして韓国への渡航が決まった時、これからは誰にも頼らず、もっと強く生きようと決意しました。韓国で起こした事業は、自分でも信じられないほど成功しました。しかしいつも心が満たされる事はありませんでした。

      宝の山

有頂天隣なった私は、本業以外に不動産などにも手を出すようになりましたが、IMF韓国危機で全ての財産を失いました。そして、残ったのは多額の借金と韓国の友人のみ。いま考えると父なる神様は、自分の高慢さと欲の深さを戒めてくださったのだと思います。

       


ある友人の勧めで韓国にある教会に行きましたが、クリスチャンが、目には見えない「神」という存在を本気で信じている事が不思議でした。色々な理由を付けては教会から離れましたが、新たに友達を作れば、自分の意思に反して、必ずクリスチャンの方々でした。しかし私の心には何の変化も起こらず、気づけば随分年月が過ぎていました。


         

 
そんな時今年の4月に、在日の韓国取引先の方からお誘いがあり、ヨハン早稲田キリスト教会に導かれました。礼拝で牧師先生の説教を聞いて、神や教会を嘲笑っていた自分の愚かさを恥じました。そして今までの色々な感情がこみあげてきて涙が溢れとまらなくなってしまいました。所属する第一男子宣教会の皆さんが私と、家族の為に祈って下さいました。彼らは会った事も無い私の兄弟ために、彼らの貴重な多くの時間を費やしてくれたのです。もし自分だったら、まるで自分を犠牲にしてまで他人の事を思いやる事ができたでしょうか。彼らの深い愛情が私を包んだと同時に、私の心はどうしようもない位の罪の念にかられました。クリスチャンの人々と深く接していく内に、心の豊かさ、綺麗さが私の心に映るのでした。「彼らのことをもっと知りたい、そして、そんな彼らが讃える とは、一体どういう存在 なんだろう?」そうした彼らへの関心が、次第に神への興味と変わり、その思いは日に日に高まっていきました。

         聖書       
聖書を学べば学ぶほど、神様からの御言葉が、心に響くと同時に、神に愛される資格などある訳ないと思っていた私はそれが間違っていた事に気づかされました。黙示録
3:20
「見よ。わたしは、戸の外に立ってたたく。だれでも、わたしの声を聞いて戸をあけるなら、わたしは、彼のところに入って、彼とともに食事をし、彼もわたしとともに食事をする。」これまでに、神様から3度に渡り、死の運命と失望から救われた経験があります。

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歳(今らから9年前)の時、交通事故で心拍停止し3日目に意識回復した事、その際に、臭気機能を失ったこと、頭蓋骨が陥没し、記憶が一部喪失したこと、唯一の左目が網膜剥離の兆候が現れている失明の可能性が高いと医師に言われたが、幸いにして左目はその後症状が現れず神様のご加護を受けています。

       

こんな私でも、神様は受け入れてくれて、愛を注いでくれていたのです。
 
私は愛されるために生まれてきたのです。その真実が、私にどれだけ勇気を与えてくれたでしょうか。生きる希望を与えてくれたでしょうか。そこで、祈り続けたひとつの事があります。「神様、私はあなたを信じたいです。あなたについていきたいです。しかし、私はこの事を口にする勇気だけはどうしてもありません。どうか、私の準備が出来たとあなたが判断した時、私に心の戸をあける勇気を下さい。できれば、今年中に下さい。」 しかしいっこうに、その発言をするチャンスは訪れず、

むしろ神に対して距離を置いてしまう時期もありました。そして時は4月。もう時間はない、きっとまだ、時はきていないのだ。欲張って高望みをした自分に後悔し、諦めかけていた矢先でした。
誰もが予期しない不思議な出来事が重なり合い、その中でとても自然な流れで、私は自分の罪を認め、イエスさまを個人的な救い主として信じ、従っていく信仰告白をする事ができました。
 
今、私は自分がクリスチャンであることを、包み隠さず人に話そうとしています。バカにされても、軽蔑されても良いです。それを気にしていたら、一体誰がこの神様の素晴らしさを伝えられるでしょう。神の下で生きる今、自分のはずかしめを気にするより、それ以上に福音を伝える事に意味があると思います。主なる神様の愛と神様を賛美できる喜びを、多くの人に知って欲しいと心から思います。

 
         
また、私が今までずっと見つけられなかった人生の目的私達は、神から愛されるために生まれてきたという事 - この真理を、一人でも多くの人が知った時、それ以上の喜びはありません。私が私として生まれてきた事に、そして全てを導いてくれた主なる神様に、感謝し、私の証とさせて頂きます。

兄弟の証し | 13:17 | author racer-n-tone | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |

出張で上海に行って来ました。今回は、市内に出来た高島屋に寄って見ました。いつものように地下から8階まで、くまなく見て回りましたが、売り場つくりはほぼ中国風でした。6階を一回りしたところ、瑠璃売り場を見つけました。中国では琉璃と書き2000年前には王族貴族しか持つ事が出来なかった高価な物です。 

          

       
          

上の写真にある緑色の馬は十数万円します。水琉璃と言う偽者も有りますが、本物の琉璃は全て有色クリスタルで作られていて、はりぼてではなく、ずっしりとした重量感も有ります。
実はこの琉璃は、私が3年前に中国で見つけ、日本に広めようとしている商品なのです。現在は一部のデパート、有名宝石店、カタログ販売などで販売されるようになりましたが、まだまだ始まったばかりの状態です。こんな素晴らしい商品がもっともっと日本で普及し、癒される方が増えればいいなと考えております。

       

ところで、東中野にある、私が通っているヨハン早稲田キリスト教会で聞いた話ですが、世界の先進国の中で、一番クリスチャンの数が少ないのが日本なのだそうです。異端が広がり本当にいいものが広まらないのは大変残念に思います。瑠璃が広がらなくても問題は無いのですが、クリスチャンが広まらないと言う事はイエスさまが再臨されたときの裁きがあるので重要な問題です。1日も早く、自分の廻りの愛する家族、友人、知人、同僚が唯一の真理であり、救いの道であるイエスさまを信じ受け入れる恵みが有りますようお祈り致します。アーメン!

「なぜなら、私たちは皆、キリストの裁きの座の前に立ち、善であれ悪であれ、めいめい体を住みかとしていたときに行ったことに応じて、報いを受けねばならないからです。」コリントの信徒への手紙僑犠10節
アーメン!
上海高島屋 | 13:34 | author racer-n-tone | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
私の通っている、東中野にあるヨハン早稲田キリスト教会には、日本人部、韓国人部、中国人部、英語部が有ります。更に最近は、ベトナム部が出来ようとしています。毎週主日(日曜日)には、1部礼拝から8部礼拝まで分かれて国別で礼拝を捧げている国際色豊かな教会です。従って、教会内では様々な国の言葉が飛び交っております。

         

元々言語は一つだったのですが、人が犯した罪により、主なる神様が複数の言語に分けられたと旧約聖書に記されております。 天の国に入るまでの少しの間、この不便さの中で生きて行く事が主の定めなのです。

         

所で、韓国部では毎週金曜日の夜、東中野のヨハン教会で金曜徹夜礼拝を捧げているのですが、先日その礼拝で、私たち日本人部の地区別リーダー全員で、賛美を捧げる恵が有りました。勿論私の所属する男子宣教会のリーダー達も加わりました。いつもの事ながら、僅かな練習しか出来ない中で、統制の取れた賛美を捧げられたのも、聖霊様の導きによるものと感謝しました。

        
人間の力には必ず限界が有ります。私たちクリスチャンは、自分の限界と弱さを悟る恵が有ります。限界と弱さを悟る事によって私たちは謙遜になり、主に祈り、助けを求めます。弱さを悟り祈る者には聖霊様の導きが有り、限界を乗り越えていく事が出来るのです。感謝します。アーメン!
特別賛美 | 15:34 | author racer-n-tone | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |

私の通っている、東中野にあるヨハン早稲田キリスト教会では、聖書の御言葉を徹底して教えます。

          聖書
それは、聖書は父なる神様が私たちの幸せの為に送ってくださった手紙であり、今も生きておられる主なる神様が、御言葉を通して、私たちに働いて下さっているからなのです。
例えば「いつも喜んでいなさい、絶えず祈りなさい、どんな事にも感謝しなさい」という御言葉が有ります。最近病院で患者の治療に、面白いものを見せて笑わせると言うのが有るそうです。いつも落ちこんだり腹を立てたりしている人は病気になりやすく、逆にいつもニコニコしている明るい人は病気になりにくいそうです。「いつも喜んでいなさいは」正に理に適っているでは有りませんか。
           
               

そして感謝の心が無い人は常に不平不満の心を持ちます。いつも喜んでいるには、事の大小に拘らず、「どんな事にも感謝」する心が必要です。しかし、いつも喜び、どんな事にも感謝する事は簡単に出来る事ではありません。この事が習慣付くまで、いつもいつも自分に言い聞かせる事が必要です。これが「絶えず祈りなさい」では無いでしょうか?

          


しかし、「いつも」「どんな事にも」と言う事は、いい事や、いい時だけでは有りません。嫌な事、辛い事、苦しい事、うまく行かない時、泣きたい時、挫けそうになった時の事も含むのです。それは、人間の力で成し遂げる事は難しいでしょう。この時にこそ、父なる神様に祈るのです。私たちが強ければ神様は助ける必要は有りません。弱いからこそ助けてくださるのです。自分の弱さを悟り、東中野のヨハン早稲田キリスト教会で聖書を学び、主に依り頼み、勝利する人生となりましょう。アーメン!

御言葉 | 15:06 | author racer-n-tone | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |

先日運転免許更新の為の講習会に行って来ました。講義、適正検査、実技運転が各1時間で、計3時間のコースでした。講習案内が届いた時は複雑な心境でした。と言うのは、この講習は、70歳になる人が免許を更新する為に義務付けられているものだからです。
「高齢者講習案内」の文字を見て私は、年は確実にとっていくのだと言う事を確認させられました。
私は少しの間だけカーレースをしていた関係で、走る新幹線の中から、通過駅の名前を読み取る事が出来るほど、動体視力が優れていました。しかし今回の検査で、私の動体視力は50歳くらいという結果が出てしまいました。
         
        

今回の講習会を通して私は、会社からいつ抜けても良い準備を本格的にしなければならないと言う事を悟る恵が有りました。この年まで元気に仕事をする事が出来る体を与えて下さった主に感謝しつつ、この世の仮住まいから、御国に移る準備をするきっかけとなった「高齢者講習会」でした。 いつも人や、物や、出来事を通して悟りを与えて下さる主を賛美します。アーメン!
講習 | 12:01 | author racer-n-tone | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
 
             

私が通っている、東中野にあるヨハン早稲田キリスト教会では、先日、恵みの中、青年部の兄弟と姉妹の結婚式が行われました。ご親族やご友人、そして沢山の兄弟姉妹がお祝いに駆けつけました。
私も代表祈りをさせて頂く恵が有りました。結婚は、主なる神様が、アダムが1人でいるのは良くないと、エバを創られ、二人を夫婦とされたのが始まりでした。この度のお二人のご結婚も、天地創造の前からの神様のご計画であったと信じ感謝します。御言葉を家庭の柱として、主なる神様の教え通りの、愛あるクリスチャンファミリーを築いていく事が出来ますようお祈り致します。

             

ハレルヤ!まだノンクリスチャンのお父様の口から、「天の父なる神様の恵みに感謝します」と言う言葉が出た事に、驚きと共に、喜びを感じました。
この事から私たちクリスチャンは、ノンクリスチャンからも期待されるクリスチャンにならなければならないと言う事を悟る恵が有りました。人を通して、物事を通して、悟りを与えて下さる主に感謝します。アーメン!
結婚式 | 17:06 | author racer-n-tone | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
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